受け継がれる伝統の心「美濃手漉き和紙」

CULTURE

受け継がれる伝統の心「美濃手漉き和紙」

MAY.16.2016

豊かな自然と清流に恵まれた岐阜県・美濃市は、古くから良質な和紙づくりの里として知られています。洗う、晒す、煮る、漉く。その規則的な工程が繊細な逸品を生みだします。漉船に向かい、丹念に水を波立たせて簀桁を縦横に動かす。こうした昔ながらの技に、手漉き和紙ならではの価値を見いだし、伝統の技を守り伝えていこうとする職人たちがいます。今回はそんな職人のひとり、幸草紙工房を営む加納武さんの仕事場を訪ねました。

紙の使い手を思いつつ、手漉き和紙の技を磨く

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その昔、美濃和紙は優れた品質ゆえに幕府の御用紙に指定され、江戸や京へ大量に出荷されました。和紙の用途は書き物用のほか、油の濾し紙、懐中紙、扇子など。特に薄くて丈夫な美濃和紙は、障子紙や証明、ちょうちんに適した紙として好まれたそうです。

やがて時代とともに人々の生活様式も変わり、和紙の需要も変化。近代以降、海外からの洋紙が流入すると、大量生産の波に押されて手漉き和紙も機械抄きへと移行が高まり、昭和30年代には1200戸あった手漉き業者は、昭和60年には40戸までに減少しました。

一方で、手漉き和紙は表具や書画などの美術的な分野や、文化財の修復などでは欠かせない素材。天然原料の持つ光沢や風合い、手仕事が生み出す味わい、耐久性や強靭さ、地球環境への優しさなど、和紙本来の特質が再評価されています。美濃にも職人を志す若い世代が少しずつ集まり始め、次世代を育成する公共の場も設けられました。美濃出身の加納武さんも、そこで手漉き和紙職人を志したひとりです。

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加納さんは美濃和紙の産地で生まれ育ったものの、生家の家業は和紙とは無縁。はじめは手に職をつけたいと思い、岐阜県高山市で木工技術を学びました。和紙との出会いについて加納さんは「家具のほかに張り子づくりを学び、張り子の素材になる和紙に興味を持ちました」と語ります。

美濃に戻ると、「美濃・手すき和紙基礎スクール」を受講。故郷の職人たちの手漉き技術を目の当たりにして、「こんな伝統が残っていたのか」と改めて驚いたのだそう。それから3年間、美濃和紙の里会館で実習勤務に就きました。

「手漉き和紙は地元の伝統産業ですし、和紙の里会館で働いているときに、尊敬する後藤さんをはじめとした紙漉きの名人たちと出会い、自分も手漉き和紙をやってみたいと思ったのです」と語る加納さん。当時すでに高齢だった後藤茂氏から仕事の手伝いに誘われ、それがきっかけで師事するようになったそうです。

師匠からの教えを忠実に守り、使い手の要望に対応

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紙漉きの難しいところは、紙の厚さを揃えることと、紙の厚さを体で覚えること。「紙を1枚漉くだけならさほど難しくはありません。しかし、たとえば2匁の紙を500枚、あるいは1000枚といった注文があった場合、正確に厚さと数を揃えてお出しすることが難しいのです」と加納さんは語ります。

師匠の後藤氏は、こうした紙漉きの技をとても親切に根気よく教え導いてくれたと加納さんは言います。幸草紙工房を立ち上げて独立するときに、後藤氏は「紙というものは信用で買っていただくものだから、信用が得られるまでが大変。けれども、お客さんがよいと思う紙をちゃんと自分も心得て、やっていけるようにならなければあかん」という言葉を残してくれた。加納さんは今もその教えを忠実に守り続けています。

「紙がうまく漉けるようになると、自分で良い紙だなと判断してしまいがちですが、やはりお客さんあってのこと。実際にお客さんが使っていて、どういうところが良いのかをよく理解することが大切なんです。使い手の要望を聞いて、それに細かく対処できることも手漉きのよさですね」

手漉き和紙を通して日本の伝統を掘り起こす

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後藤氏の下で修業をはじめたころ、加納さんは同世代の手漉き和紙職人の後継者たちと「美濃和紙ネットワーク21」を結成しました。従来の和紙の使い方だけではなく、現代の暮らしの中で使ってもらえるような新たな需要を5年計画で開拓していこうという試みです。

「美濃和紙ネットワーク21」として、東京・新宿のリビングデザインセンターOZONEで5年連続の展示会を開催。装飾的な紙や透かしの紙など、和紙職人にはそれぞれの得意分野にデザイナーが加わることで斬新な発想が生まれます。加納さんたちも今までにない和紙づくりに挑み、楽しく実験的な展示会になったと言います。その成果は今、美濃市内の「カミノシゴト」という店に集約されています。

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これまで師匠から受け継いだことを10年間続けてきたと言う加納さんの最終的な目標は、紙漉きの技を次の代へと伝えていくこと。その前に、和紙の可能性を広げてみたいとも語ります。

かつては雛人形や鯉のぼりも和紙から作られていました。節句や七夕などの行事をはじめ、季節に応じてもっと和紙が使われるといいなと加納さんは考えています。「今はまだ紙をつくるだけで精一杯ですが、今後いろいろ学んでいき、新しい和紙の楽しみ方をワークショップを通して教えていきたいですね。」と彼は語ります。

和紙によっては「きれいな紙だけど、どのようにこの和紙を使ったらいいのかわからない」という声を聞くこともあるそうです。それでも、「昔は和紙には必ず用途があったはずだから、そうした日本の伝統も掘り起こしていきたい。」という加納さんの言葉には、和紙に対する並々ならぬ情熱が感じられます。

一昨年ご結婚され、公私ともに充実の時を迎えている加納さん。奥様の英香さんは、美濃で唯一ちょうちんづくりを続ける老舗の長女。ご自身も紙漉きの経験があるちょうちん職人です。この先、加納さんはまさに二人三脚で美濃手漉き和紙の未来を拓いていくことでしょう。

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